べき思考
人によって「お母さん」という認識はさまざま。じゃ、自分自身にとってお母さんの単語から何を想像するか?わたしはお母さんとはこうあるべき、こうあるべき思考を持っていました。過去形になってるけど今も潜在意識という無意識の中にあるかもしれない。そうだとしてもそれが必然。必要だから在る。ただ、この無意識が時には子どもや夫、周り、そして自分自身に押し付けている。もちろんそんなつもりは全くないのに不思議なもんだよね。でもそんな経験が実際にあって、谷越え、山越えしてきて今がある。そんなわたしの経験が、誰かの何かのお役に立てたらいいなとわたしの表現の場のホームページ。マイペースに気ままに投稿していこう。
イライラ行動
お母さんとは、、、わたしはこんなふうに思っていました。「子どもを一番に大切にする」「子どもの気持ちに寄り添う」「お母さんだから子どもは安心」などなど。え!それ普通でしょ?と思うかもしれないし、そう思わない人もいる。この言葉の前提でどう思い込みどう解釈してるかでさまざまな意見がある。
例えば、もし今、お母さんが猫の手も借りたいほど助けて欲しいと思っている時に、子どもが何か駄々を捏ねてママ〜と泣き叫んでいたらどう行動しますか?わたしは「もう!仕方ないな」とイライラ怒りながら子どもを優先に対応してました。同じ状況でも人によっては、「もう少し待っていてね〜」と優しく声をかけながら自分のことを先に優先する人もいれば、そんな子どもの様子にも全く気づかない人もいます。でも「子どもを一番に大切にする」という思いは同じだったりするんです。人の数だけ環境も性格も価値観も違うから、いろんな現実があるけれど、実際に何を感じ何を思い込んでいるかで行動が変わるんですね。
顕在意識と潜在意識
意識には大きく分けて3つあり、自分で認識してる顕在意識と認識してない潜在意識、集合意識があります。自分自身で認識してる「子どもを一番に大切にしてる」意識の行動なのだけど、気づかぬ潜在意識では、「助けて欲しいのに仕方ない」と思っての行動をしていたんです。この気持ちで子どもに接しても見えないその想いのエネルギーが伝わってしまっているんですよね。だからなかなか泣き止まなかったり、余計に泣き喚き癇癪起こしたりしていました。当時は、「何でこんなに大切にやっているのにうちの子は!」と他の子と比べたり、発達に問題あるのかな?と悩んだり、子どもを問題にしてしまっていました。問題なのは私の思い込み思考と気づいたのは、子育てにひと段落ついた頃です。子どものことの悩み、そしてパートナーシップの悩み、身内の悩みと広がり、そんな経験があったからこそいろんな学びに繋がりました。当時はたくさん悩んだけど、それがあったからこそ幸せな今です。
一度きりの人生。人生はいつでも気づきの連続!それをどう活かし知恵を楽しむか!笑って去り行く人生でありたい。
